ことだま日記

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親鸞聖人の生涯と物語  1

            親鸞聖人の生涯と物語(紙芝居)1

 大正8年に編纂された「親鸞聖人御絵傳」を参考にして、親鸞聖人の生涯について絵を描くのが得意な法務員に、紙芝居風に絵を描いてもらい、寺の法座で活用することにしました。
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 親鸞聖人は、平安時代も終わりに近い承安3年(1173)の春、京都の里で誕生された。父は藤原の流れをくむ曰野有範(ひのありのり)、母は源氏の子孫、吉光女(きっこうひめ)で、幼名を松若麿(まつわかまろ)といいました。父は聖人4歳のとき、母は8歳のときに病で亡くなられ、叔父の範綱に養育され、間もなく出家を志し、粟田口の青蓮院 慈鎮和尚(じちんおしょう)のもとを訪ね、出家し、名を範宴(はんねん)と名ずけました。得度(とくど)が夜遅くなったので明日に延ばそうとしたとき聖人が歌ったのが「明日ありと思うこころのあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかは」の歌です。
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  得度の後、聖人9歳のとき、比叡の山に登り、主に横川(よかわ)堂僧として20年間「生死いづべき道」を求めて厳しい学問と修行に励みました。しかし、「いずれの行も及び難く」自力の修行では仏道をきわめることができませんでした。i
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 建仁元年(1201)、聖人29歳のとき、比叡山では悟りに至る道を見出すことができず、山を下りて京都の六角堂に参籠され、救世観音の教示を仰ぎ、95日目の暁に東山の吉水で本願念仏の教えを説く法然上人のあるという夢告を受けた。
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 やがて聖人は吉水の法然上人のもとに約100日間通い続け、阿弥陀如来の救いの本願、念仏往生の誓願の心に信順し、ついに「たとえ法然上人にだまされて地獄に堕ちても後悔しない」とまで思いを定め、断ち切っていく道ではなかった、救われていく道であったと弥陀の本願を信じ、念仏を喜ぶ身となりました。

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by butda2 | 2017-04-19 11:52 | Trackback
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