ことだま日記

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南日本新聞「ひろば」より

            「思い出す玉音放送を聞いた日」

 南日本新聞の「ひろば」欄に投稿していた「思い出す玉音放送を聞いた日」が、去る8月15日(終戦記念日)に掲載されていましたので、下記に転載します。     
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   「思い出す玉音放送を聞いた日」(H29、8、15)

 1945年8月15日。日本国民にとって忘れられない日である。
 前日の夜から、15日正午重大なラジオ放送があることをNHKが報じていた。つまり、終戦の詔「玉音放送」のことであった。当日は家族全員ラジオの前に集まり、父は直立、私たちは正座して放送を聞いた。
 私は当時国民学校4年生であった。天皇陛下の肉声を聞くのは初めてで、どこか校長先生が儀式の際に、教育勅語を読む調子に似ているような気がした。耳慣れない言葉が多く「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」以外はほとんど覚えていない。
 放送が終わって、父が静かに「戦争が終わった」と言った。当時40歳を過ぎていた父は在郷軍人として、米軍の志布志湾上陸に備えて、連日竹やりで軍事訓練をしていた。訓練に参加していた父は、敗戦を予感していたのではないかと感じた。
 この放送があった日を境に、父の軍事訓練も、私たちの勤労奉仕もなくなった。不思議に世の中が静になり、子供心に平和を実感した。(志布志市 一木法明 82) 
以上
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by butda2 | 2017-08-19 15:59 | Trackback
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