ことだま日記

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カテゴリ:山寺の仏たち( 65 )

木彫りの仏像

               木彫りの仏像たち 

 私はずい分以前から、仏像に魅せられて、機会があれば仏像を収集してきました。仏像の魅力は色々ありますが、仏像は見るたびに心を落ち着かせ、すさみがちな気持ちを癒やしてくれます。
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  どの仏像にもそれぞれに味わいがありますが、中でも山間僻地の門徒の仏壇に有って、引っ越しをすることになり、寺で譲り受けることになった木彫りの阿弥陀様は、ゴツゴツした素朴な手彫りの仏様です。まだ市販の仏壇を買う以前のもので、先祖代々の方々が信仰を引き継がれてきた大切な仏像であります。きっと、質素な生活の中で、心のよりどころとされて来た仏様に違いがありません。 
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 また、手彫りの観音様は、骨董品の店で求めたものです。手にして感動したのは、赤松の根に彫ったもので、胸から上は綺麗にスベスベに彫刻されているけれども、胸から下はガサガサして、ほとんどそのままの原木のままでした。それがいかにも、煩悩だらけの我が身の上に、慈悲深い観音様が現れたいる姿に似ていて、泥沼の中から咲いている蓮の花を連想させられました。これぞ私のための観音様だと思いました。  仏様の姿は、私たちに色々なことを教えてくれています。

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by butda2 | 2014-01-08 10:23 | 山寺の仏たち | Trackback

ネパールを旅して

           シャカ誕生の地ネパールを旅して  
   
   お釈迦様というとすぐインドを思い浮かべますが、お釈迦様が誕生したのは、今から2500年前、現在のネパール、ルンビニーのシャカ族の王子として誕生しました。
  インドからネパールへは、貸しきりバスで陸路で国境を越え、最初にシャカ誕生の地、ルンビニーを見学しました。
 
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  ルンビニーは、シャカ誕生の地としてネパールの観光地のひとつとしてよく整備されていました。
  このシャカ誕生仏は、以前から寺に有ったものですが、ルンビニーにはマーヤ夫人から生まれたシャカ誕生の石仏が保存されていました。
 
 ルンビニーからネパールの首都、カトマンズに行き、仏教寺院などを巡拝しました。中でもカトマンズの仏教寺院で見た光景で、チベット僧が寺院に向かって五体投地を繰り返している姿に感動しました。
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  それと、カトマンズの仏教寺院を囲む塀に設けられている「マニ車」を、通る人達がくるくる回している姿でした。 
 この「マニ車」(摩尼車)の中には経典が書かれてあり、一回まわすと「般若心経」を一回読んだと同じ功徳があると信じられているのだそうです。
  チベットの信心深い人は、小型のマニ車を各自が持っていて、暇を見つけては回しているそうです。念仏と同じようなものかもしれません。

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by butda2 | 2013-12-29 08:36 | 山寺の仏たち | Trackback

敦煌・莫高窟の仏たち

砂漠の画廊 … 敦煌・莫高窟の仏たち
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 敦煌は、かつてシルクロードの分岐点として栄えたオアシスの都市で、現在の人口は約18、8万人だそうです。

 敦煌というと、すぐ頭に浮ぶのが莫高窟ですが、敦煌には莫高窟をはじめ、西千仏洞、安西愉林窟など600余りの洞窟があって、その代表的なものが莫高窟であります。莫高窟は1987に世界文化遺産に登録されています。
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 敦煌の多くの洞窟には、2400余りの仏塑像が安置され、壁の一面には壁画が描かれていますが、カメラの持ち込みができず、残念でした。
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 敦煌の店やホテルの売店には、仏像や壁画の複製された美術品があり、数点買って今でも莫高窟や愉林窟の洞窟の素晴らしかったことを思い浮かべています。

 500年代から数世紀かけて彫刻し、描かれた高度な芸術と技術には驚嘆させられました。
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by butda2 | 2013-12-26 07:13 | 山寺の仏たち | Trackback

インドの仏たち

            インドで出会った仏たち
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 私は2回目のインド仏跡巡拝旅行を、平成16年10月に、専念寺伊勢堀院の門信徒9名で行いました。インド旅行の魅力は何ですかと問われると、私には確たる答えはありません。それでも私は今でもインド旅行をしたいと思っています。そんな思いを周りの人と共有したかったのです。

 私はインドの雑踏にも愛着があります。また、子供たちが生活のために、観光客相手に必死になって物を売っている姿にも胸を打つものがあります。ガンディス河でのヒンズー教徒の沐浴にも心を引かれます。
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 インドの仏跡巡拝の楽しみは、もちろん今に残る釈迦の遺跡を訪ねることにありますが、一方、私の趣味である仏像を収集できることでもあります。

 パキスタンのラホールで求めた釈迦の苦行像や、サールナートで買った初転法輪の像等など、私の仏像陳列ケースの中でも貴重な存在です。

 もともと、仏教の教えは仏像などの偶像崇拝ではありません。仏陀の教えそのものを信じて、わが身の生き方を問うていくことにあります。
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 私はそのことは理解していても、仏さまの教えをより身近にしたいと言う願望から、仏像を収集することに喜びを感じています。

 私の海外旅行は、仏教国以外はほとんど行きません。大乗仏教であろうと、小乗仏教であろうと、そんなことにはとらわれません。とにかく、東南アジアの仏教に触れることが嬉しいのです。
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 仏像の素晴らしさに目を向けてみましょう。そして、仏様のみ教えに耳を傾けてみませんか。毎週土曜日の早朝7時30分から伊勢堀院の本堂にいらっしゃいませんか。
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by butda2 | 2013-12-21 20:25 | 山寺の仏たち | Trackback

送られてきた地蔵菩薩

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                送られてきた地蔵菩薩像

 当寺の分院、伊勢堀院では毎週土曜日の早朝7時30分から約30分、「土曜礼拝」を行っています。平成13年6月から始め、すでに600回を数えています。
 毎回、約20人の方々が参加してくださいます。中には、初から続けている人も数名ありますが、途中でやめられた人や、都合により転居された方もありますが、土曜礼拝で1回でも聴聞されたことは、大切なご縁であると喜んでいます。

 先日、土曜礼拝でご縁のあった方で、都合により京都に転居された方から、お地蔵様が届きました。私が、ブログに仏像を書いていることを知っておられたからではないかと思います。
 送って頂いたお地蔵様をご縁に、地蔵菩薩像について、改めて少しだけ紹介することにしました。
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 仏像でなじみ深いのは観音様か阿弥陀様ですが、それ以上にお地蔵様は私どもになじみ深い存在です。姿形は様々ですが、一般的に地蔵さんの頭は丸坊主です。そして、左手には、丸い宝珠(ほうじゅ)を持ち、右手には杖「錫杖」(しやくじょう)を持っているのが基本形ですが、右手を前に下げた「与願印」(よがんいん)の形の座像もあります。お地蔵様は、どことなく僧侶の姿に似ています。
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 なお、お地蔵様でも、墓地などに「六地蔵」といって、六体のお地蔵様が建立されていますが、これは仏教でいう「六道」(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)のどこに生まれても、それぞれの姿になって、浄土へ導いてくれる、お地蔵様の働きを表したものです。
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by butda2 | 2013-12-14 15:00 | 山寺の仏たち | Trackback

仏教の伝来とわが国の文化

                金色に輝く仏像の伝来
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 仏教の伝来は538年、百済の聖明王の使者がわが国の欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典、仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりとされています。(仏教公伝)
 やがて、推古天皇の時代に「仏教興隆の詔」が出されて、各地に寺院建築が始まりました。

 これまでのわが国の宗教は自然崇拝をはじめ、霊的な目に見えない存在の神から、金色に輝く仏像を目の当たりにして、時の欽明天皇は驚嘆しました。
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 当時、仏教伝来といっても仏像の伝来で、経典も伝来しましたが、経典を読み解く人は居なかったはずです。しかし、当時の人々はきらめく仏像を見て、仏の温かい慈愛の心に引き付けられたようであります。
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 今まで崇拝していた神々は姿もなく、遠く山々におわします存在であったけれども、仏像を身近に見て、仏の慈悲の心に感動したに違いありません。

 やがて仏教の伝来を機に、文字の伝来、文学や仏教美術の進展、経典の解読など、今日のわが国の文化に欠かせない大きな役割を果たしました。
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by butda2 | 2013-11-29 11:03 | 山寺の仏たち | Trackback

悪人正機を説いた親鸞の教え

 
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                浄土真宗の開祖・親鸞聖人の教え

 浄土真宗の教えに「悪人正機」ということばがあります。この悪人正機の教えは、浄土真宗の教義の中でも、重要な意味を持つ思想で、「悪人」こそが阿弥陀如来の願い(「本願」)による救済の目当て(対象)であるというのです。

 つまり、阿弥陀如来が救済したい対象は「衆生」であります。すべての衆生は、現実の世の中(これを仏法では「末法濁世」といいます)を生きる、煩悩だらけの凡夫(「煩悩具足の凡夫」)である「悪人」であります。
 よって、自分こそは「悪人」であるということを自覚するものこそが、阿弥陀如来の救済の対象であるというのであります。

 ところで、浄土真宗でいう「悪人」とは、刑法的な、或いは倫理的な「悪人」をいうのではありません。自分をよくよく振り返ってみますと、何事に対しても自分の我欲にとらわれ、善悪のすべてが、自らの利害を基準にして判断しています。
 自分が気に入らなかったら人を憎み、「あの人は悪い人」と言います。時には人を殺してしまうような心にもなります。こんな心をもっている「悪人」は、私であります、ということの理解できない人には「悪人正機」の教えは伝わりません。

 どんなに修行し努力しても、煩悩(我執)から離れられない私のような「悪人」こそが、阿弥陀如来の救済の対象であった、という教えを「悪人正機」といいます。
 時には、自らを振り返ってみることも大切ではないでしょうか。
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              親鸞聖人の掛け軸(熊皮の御影)
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by butda2 | 2013-11-09 21:47 | 山寺の仏たち | Trackback

阿弥陀如来の願い

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            阿弥陀如来のお建てになった極楽浄土

 阿弥陀如来は、私ども衆生のために、素晴らしい世界「極楽浄土」をお建てになって、どの様な衆生も、分け隔てなく迎え入れることを大きな役割にしている仏様です。

 阿弥陀如来のお建てになったのが「極楽浄土」ですが、浄土をお建てになったのは阿弥陀如来だけではあるません。
 例えば、大日如来は「密厳浄土」を、薬師如来は「浄瑠璃浄土」を、釈迦如来は「霊山浄土」をそれぞれお建てになっていますが、浄土と言うとすぐに阿弥陀如来のお建てになった「極楽浄土」を思い浮かべます。それほど阿弥陀如来は多くの人々に親しまれているのではないでしょうか。

 「仏説阿弥陀経」というお経には、阿弥陀如来がお建てになった極楽浄土の様子が説かれています。それによると、「極楽世界はとても広く、そこでは鳥たちがさえずり、池には蓮の華がいっぱいに咲き乱れ、それでいて、とても荘厳な雰囲気があり、そこでは苦しいことも辛いことも一切なく、そこに生まれた人たちは、心穏やかに過ごしている」と、極楽浄土の様子が説かれています。

 自分の持っている煩悩をもとにして苦しみ、そこから抜けきれない私たち衆生を、救いたいと願って立てられたのが「四十八願」といい、その十八番目(「第十八願」)には、その救いを信じて、すべてを阿弥陀如来に任せることによって、救われることを説いています。

 こうした仏の救いを信じて称えるのが「南無阿弥陀仏」という念仏です。「ただ念仏して仏に救われる」という教えが浄土真宗ではないでしょうか。                  合 掌
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by butda2 | 2013-10-24 03:02 | 山寺の仏たち | Trackback

豊作を見つめる田の神様

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               実りの秋を見守る田の神さぁ

 我が家の「田の神さぁ」は高さは25cmの「ミニ田の神様」で、かねては、玄関の下駄箱の上に鎮座しています。

 もともと、田の神様は、春になると山から下りて田を見守り、秋になると山に帰るという、いわゆる田の神信仰で、全国各地にある農耕信仰の一種であります。

 しかし、旧薩摩藩(薩摩、大隅、日向)の田の神様は石に刻まれて、田んぼの畦などに鎮座しています。つまり、石に刻まれた田の神様は、島津氏が統治した地域独特の神様のようです。

 台風26号による災害は、伊豆大島では甚大な被害をもたらしました。特に、豪雨による地滑りの凄まじさは、テレビで見ていると、自然の猛威の恐ろしさを感じました。
 一日も早い復興を願わずにはいられません。

 考えてにますと、先人たちが自然の災害を繰り返し体験して生まれたのが、田の神信仰ではなかったかと思います。苦労して育てた作物が、台風などによって一瞬にして災害にあい、失望のドン底を味わってきたことが、容易に想像されます。

 幸いに、ここ鹿児島県の志布志地区では、台風26号の被害を免れ、今年も稲の収穫を終えました。ただただ、田の神様に感謝するのみですが、農耕民俗にとっては、自然との関わりが深く、自然に対する畏敬の念が深まります。
 もう既に、山寺の周りの野山では、秋が深まり、ススキの穂が秋風になびいています。
 どうぞ、これからも自然の災害が起きませんように・・・。
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by butda2 | 2013-10-21 04:49 | 山寺の仏たち | Trackback

志布志市の中山家に伝わる観音菩薩像

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           鹿児島県ー志布志市の中山家に伝わる観音菩薩像

 明治の初めごろから、材木問屋などを商いにして財をなした、志布志の商家中山家には、在家にしては珍しく、大きな仏壇があり、その仏壇の側に、写真のような立派な観音菩薩像も置かれていました。

 家の後継者が大阪に引っ越すことになり、仏壇とこの観音様は私の寺に寄贈されることになりました。仏壇は痛みがひどく、寺で全面修復して、納骨堂の本尊にさせていただいて、引き継いでいます。


 仏像といってもたくさんの仏像がありますが、その中でも、特に多いのは「観音様」ではないでしょうか。
 観音菩薩は、勢至菩薩とともに「阿弥陀如来」の脇侍(わきじ)ですが、勢至菩薩よりも極めて民衆に溶け込み、親しまれて、至るところに安置されているようです。
 私の収集している仏像でも、一番多いのが観音菩薩像です。

 一般的に「勢至菩薩」は阿弥陀如来の智慧(ちえ)を私どもに授ける働きをし、「観音菩薩」は阿弥陀如来の慈悲を授ける働きをすると言われています。
 一般大衆には仏の「智慧」よりも、仏の「慈悲」の方が理解しやすいのかもしれません。
 仏の説く慈悲とはどんな慈悲なのか?また、仏の説く智慧とはどんな智慧なのか?と言う問いを持って見ると、仏教について勉強する気になるのではないでしょうか!

 私は、その問いに応えるために、毎週土曜日の朝7時30分から「土曜礼拝」を約40分間行っています。志布志市の専念寺のホームページをお開きください。
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by butda2 | 2013-10-19 03:10 | 山寺の仏たち | Trackback