ことだま日記

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カテゴリ:お釈迦さま( 10 )

クシナガラの涅槃寺にて

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             おシャカさまの涅槃像に参拝して

 私は、インド、ネパールの仏跡を訪ねて、2回ほど巡拝しました。最初の巡拝は平成8年2月でしたが、インドのムンバイ(ボンベイ)の空港に着いたときの驚きは、今でも忘れられません。
 空港内や路上の薄暗さ、夜中なのに路上の生活者の多いこと、車と人の混雑等など、私の少年時代に見た頃にタイムスリップしたような気がしました。

 1回の巡拝は12~3日間でしたが、仏跡を参拝しながらインドの環境に馴れてくると、最初のカルチャーショックはいつのまにやら薄れ、むしろ、人間の本来の姿に接した気がして、だんだんインドの持つ良さに引き込まれていきました。

 続いて、私は平成16年10月、志布志の仲間たちを誘って、再びインド、ネパールの仏跡巡拝の旅に出掛けました。ブッタガヤ、ベナレス、サールナート等々、それぞれの思い出が心に焼き付いています。
 写真は、クシナガラの涅槃像に参拝した時のものです。シャカは35歳で悟りを開き、80歳で入滅
するまでの45年間、あらゆる人たちにl説法をしましたが、シャカが最期に説法した言葉は「自灯明 自帰依、法灯明 法帰依」でありました。つまり「自らを灯とし、自らをよりどころとせよ」「法(仏の教え)を灯とし、教えをよりどころとせよ」と言い残してこの世を去りました。
 自らをよりどころとせよ!とは、教えに裏打ちされた自分のことだと思います。何んの心のよりどころも持たない、自分のことでは決してないのではないかと思います。
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by butda2 | 2013-10-27 15:16 | お釈迦さま | Trackback

お釈迦様の涅槃像 仏像12

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お釈迦様は今から2500年前にインドの北部(今のネパール)ルンビニーで、釈迦族の王子として誕生されました。

29歳の時、王舍城を出て出家され、35歳の時悟りを開かれました。以来80歳で入滅されるまでの45年間、インド各地を回って布教されました。

仏教の開祖であるが故に、仏像の始まりは釈迦の姿を描いたり、像にしたりしたのが始まりで、いろいろな姿の仏像があります。
大別すると、誕生仏、苦行像、降魔の像、説法の像、涅槃の像などとなります。

この像は釈迦の涅槃像です。インドのクシナガラの沙羅双樹のもとで入滅されました。

お釈迦様の最期に集まった弟子たちが、悲しむのを見て、次のような説法をされました。「私が死んでも悲しむでない、これからは自らを頼りとし、私の説いた教えを拠りどころとして生きていくがよい。(自灯明、法灯明)」と説法して、最後に、「すべては移り変わっていく、心を散漫にすることなく、精進していくがよい」と諭して静かに入滅されました。

なお、涅槃とは、煩悩をすべて取り払った、悟りの境地を言います。
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by butda2 | 2013-05-29 12:02 | お釈迦さま | Trackback

邪悪を退けるお釈迦様 仏像9

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お釈迦様の姿は、誕生から入滅まで八つの姿(相)、「釈迦八相」(しゃかはっそう)と言われます。
さらにまた、お釈迦様に限らず、仏像はさまざまな手つきをしています。この手つきを「印」と言いい、これを「釈迦の五印」と言います。
1、「定印」(じょういん)=座禅のときに組む手のように、深い瞑想を意味しています。
2、「施無畏印」(せむいいん)=右手を手前に向けて肩のところにかざしている姿で、説法を聞く人
 の畏れを除き、安らぎを与えることを意味しています。
3、「与願印」(よがんいん)=左手を手前に向けて、下に垂らした姿で、これは、人びとの願いや求  めに応じるという意味を表しています。
4、「説法印」(せっぽういん)=「転法輪印」とも言います。釈迦がブッダガヤで悟りを開き、やが  て鹿野苑(ろくやおん)で始めて説法したときの姿で、この姿は釈迦が人びとに法を説いている意 味を表しています。
5、「降魔印」(ごうまいん)=「触地印」(しょくちいん)とも言います。釈迦が瞑想に入って、悟 りを開こうとしているとき、悪魔が邪魔をし、誘惑しようとしたとき、釈迦は「定印」を解いて右手 の人差し指を地につけると、地の神々が、悪魔を追い払い、釈迦を守ったと言う意味の姿です。

この仏像は、右手のすべてを地につけています。したがって「降魔印」の釈迦の姿ではないようです。
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by butda2 | 2013-05-23 09:57 | お釈迦さま | Trackback

お釈迦様の教え 仏像7

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このお釈迦様はインドで求めた仏像です。この仏像の姿は結跏趺座(けっかふざ)、つまり、お釈迦様が悟りを開きブッダ(釈迦如来とも言う)となり、悟りの世界に思いをめぐらし、悟りの素晴らしさを自らがよろこびに浸っているかのような姿であります。
日本の仏教でも、座禅を組み、無我の境地に至る時にはこの姿「結跏趺座」の姿をします。

釈迦如来は「人生は苦なり」と言いました。世界の宗教家の中で、「人生は苦なり」と言ったのはお釈迦様だけです。その苦とは「四苦八苦」の苦しみのことです。つまり、人間は生まれながらにして、等しく、年老いていく苦しみ。病いになる苦しみ。必ず死んでいかなくてはならないという苦しみや、愛別離苦などの苦しみを受ける、それが人生である、と教えました。

これらの苦は、もともとのがれなれない苦であつて、これから逃れようとすると、迷うとも教えてくれました。自らの苦から逃げるのでなく、受けていく。そして、その受けた苦の中にこそ真のよろこびがある、と言うのです。「病を受けて、はじめて生かされているよろこびを味わう」「死があるからこそ命の大切さを知る」等という、悟りの教えを説いたのが、釈迦如来の教えで、そのような教えを説いているような姿の仏像です。
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by butda2 | 2013-05-18 21:06 | お釈迦さま | Trackback

釈迦の説法ー八正道 仏像6

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これまでの仏像は、インドの仏跡参拝のとき求めた仏像でしたが、今回の仏像は韓国で求めたものです。釈迦が悟りを開いたのは、ブッダガヤでした。この仏像も悟りを開いたブッダの像です。

釈迦は仏の教えを悟り、5人の修行僧にその悟りを説きました。そのことを「初転法輪」と
言いますが、そのとき説かれた内容が「四諦八正道」でしたが、四諦については前に書きました。
今回は、「八正道」について概略を説明してみたいと思います。
八正道は人間の苦を解決するための教えで、それには次の八つの道を修めなくてはならないというのです。その八つは次のような教えです。
1、正見(しょうけん) 正しいものの見方。自己中心のものの見方をしない。
2、正思惟(しょうしゆい) 正しい思索、雑念を交えない考え方をしなさい。
3、正語(しょうご) 正しいことば、自我を交えない話し方をしなさい。
4、正業(しょうごう) 正しい行い、物事に自己の感情を交えない行いをしなさい。
5、正命(しょうみょう) 正しい生活、命を粗末にしない、自分勝手な生き方を止めなさい。
6、正精進(しょうしょうじん) 正しい努力。怠けず、精いっぱい懸命に精進しなさい。
7、正念(しょうねん) 正しい注意力。自我を交えない集中力をしなさい。
8、正定(しょうじょう) 正しい精神統一。汚れたものの思いを慎みなさい。
これが、ブッダが最初に説いた説法だと言われています。難しい内容で、ブッダもこの教えを説くのを
ちゅうちょしたけれども梵天の勧めで説法したところ、5人の修行者は、ブッダの悟りに驚き、帰依したとのことです。
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by butda2 | 2013-05-14 18:32 | お釈迦さま | Trackback

人間の正しい生き方 仏像5

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仏の教えを悟ったブッダは、梵天の勧めにより、まず五人の仲間に初めて仏の教えを説きました。
これを初転法輪と言いますが、このときの説法は「四諦八聖道」であったと言われます。
「四諦」(したい)とは、人間の苦について四つのことを明らかに見極めることを説きました。
1、苦諦(くたい)ー人生とは、さまざまな苦に満ちている、ということ。
2、集諦(じったい)ー苦を集約すれば、その根本は自己の執着、我欲である、ということ。
3、滅諦(めったい)ーその苦の根本の我執、我欲を滅すれば、苦はなくなる、ということ。
4、道諦(どうたい)ー我執、我欲を滅するには、人間の道にかなった生き方をしなくてはならない、  ということ。その道に八つの道があり、これを「八正道」(はっしょうどう)といって、さらに八  つのことを説きました。

「諦」(たい)は、あきらめの文字ですが、明らか、はっきり等の意味にも使われます。「諦聴」とは、はっきり聴くの意で、仏教では、つまびらかにする。まことの道などを言います。

ブッダが初めて説いた説法、この「四諦八正道」でありましたが、「八正道」については、次回で紹介いたします。
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by butda2 | 2013-05-12 17:38 | お釈迦さま | Trackback

釈迦の初めての説法 仏像4

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お釈迦様は35歳の時に悟りを開かれ、ブッダ(覚者)と成られました。
仏の教えを悟ったブッダは、始めはその悟りを一人で楽しんでいましたが、やがて
バラモン教の最高の覚者、梵天に強く勧められて、まず、シャカ族の城、カピラバット
を一緒に出た5人の人たちに、ベナレスの郊外サールナート(鹿野苑)で初めて仏の教え
を説法しました。これを「初転法輪」と言います。この像は、初めて説法されたときの
お釈迦様の姿、初転法輪像であります。
最初の説法は、人間誰もが逃がれられない「四苦八苦」を乗り越える教え、「四諦八聖道」
を説いたと言われています。
次回の仏像でそのことを紹介いたします。
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by butda2 | 2013-05-11 15:47 | お釈迦さま | Trackback

釈迦の瞑想 仏像3

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お釈迦様は、29歳のとき城を出て悟りを開くため仏道の修行に励みました。
始めは、前に釈迦の苦行像で紹介しましたように、苦行だけでは悟りに至らない
ことに気付き、菩提樹のもとで、6年間修行と瞑想に励み、35歳の時に悟りに
至ったと言われています。
この像は、苦行像と比べ、表情がふくよかで、修行と瞑想という、どちらにも偏らない
中道の道を精進している釈迦の像です。
こんな話を聞きました。「琵琶の弦 きつく引けばプッツン、ゆるんでしまえばベロンベロン、
中位がちょうどいい」と言う流しの歌を聞いて、釈迦は中道を悟った、と言う説話ですが、
いい例え話だと思います。
釈迦の悟りは人間のすべてが受ける、生、老、病、死の苦みから、いかにしたら乗り越え
られるのか、本当の喜びは何かを悟ったと言われます。
次回からの仏像で、釈迦の悟りを少し紹介いたします。
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by butda2 | 2013-05-10 20:56 | お釈迦さま | Trackback

釈迦の苦行像 仏像2

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釈迦族の王子として生まれた釈迦の幼名はシッタッタといわれています。
王子はやがて結婚しますが、宮中での生活に満足せず、人間にとつて何が
幸せなのか、人々の苦しみを、どうしたら解決できるのか、などを
思索するようになり、やがて宮中、カピラ城を出て、人間の真の幸福とは
何かを悟る仏道の道を選びました。

悟りを求めて、あらゆる修行をし、死の寸前、写真のような姿になるまで
瞑想を続けた釈迦の様子を物語る像として有名です。

パキスタンのガンダーラ美術を代表する仏像です。
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by butda2 | 2013-05-07 07:50 | お釈迦さま | Trackback

お釈迦様 誕生仏(仏像その1)

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これまで山寺の境内にある石仏を主に紹介して来ましたが、これからは
しばらく、山寺の仏像について紹介させていただきます。
私はこれまで、インド、パキスタン、ネパール、中国、台湾、韓国、インドネシアなどを
旅行しましたが、旅行の記念には、できるだけ仏像を買っうことにしてきました。
今まで寺にあったものや、海外で求めて来た仏像を、ブログに掲載してみたいと思います。

アジアでは、まず仏像と言えば、ブッダ、つまりお釈迦様の像をほとんど言います。
従って、仏像を紹介する最初として、寺に伝わる「釈迦の誕生仏」から掲載します。
お釈迦様の誕生仏については、灌仏会で紹介しましたが、釈迦は今から二千五百年前に、
インドの北部の釈迦族の王子として誕生したことは、これまでの古代歴史研究家により
明らかにされて来ました。
ただ、偉人にはどうしても、いろいろな伝説がつきもので、この「誕生仏」もその一つ
でありますが、ただ、釈迦が生まれながらに非凡な、優れた人材であったことを伝えて
いるものと理解することが肝要ではないかと思います。

この像は、釈迦が誕生してすぐに七歩歩いて「天上天下唯我独尊」と第一声を発したと
言われる姿を表したものであります。
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by butda2 | 2013-05-06 13:42 | お釈迦さま | Trackback