ことだま日記

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境内を彩る百日紅

             残暑にめげず咲く花たち

 私にとって、今年の夏はとても短い夏でした。6月25日から8月6日まで、指宿市のがん治療センターで前立腺がんの治療を受けました。センターに隣接しているホテルに滞在しての治療だったので、屋外に出ることも少なく、夏の暑さを実感する期間が短いでした。
 治療を終えて我が家に落ち着いてから20日が過ぎましたが、どうも夏の暑さに体が適応できず、家にとじこもりがちでです。
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 境内に咲く「サルスベリ」(百日紅)は、照りつける夏の陽をいっぱい浴びながら、しかも、太陽に向かって精一杯に咲いています。さすがに我が国の夏を代表する花木ほどあって、閉じこもりがちな私に活力を与えてくれるような気がします。
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 メダカの池に咲くサルスベリの下ではメダカたちが夏の陽を浴びて楽しそうに泳いでいます。
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 鐘楼の回りにある「モミジアオイ」(紅葉葵)だけは、朝夕は美しく咲いていますが、日中はしぼんでしまいます。
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 なお、春先に咲いた鉢植えの「ギボシ」の中には、二度目の花を付けているのが数鉢ありますが、植物たちはそれぞれに、それぞれの夏を精一杯に生きています。 頑張ろう!

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by butda2 | 2014-08-28 08:48 | Trackback

教え子たちの還暦同窓会

             還暦同窓会に招かれて

 去る8月16日、旧志布志町立出水中学校で、中学2、3年生時に担任した生徒たちの還暦同窓会に招かれて出席しました。
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 彼等が卒業したのは昭和45年3月卒業、学年の生徒数が57人で2学級でした。卒業してから45年たちますが、その間、生徒数が激減して、ついに今年3月には閉校式が行われ、市街地の中学校に統合されました。
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 農村部にあった中学校でしたが、学力の向上にも努力し、スポーツでも男子バレー部は強豪校の一つでした。
 全校生徒は150人余もいて、当時はかなり活気のある学校でした。
 彼等が60歳の還暦を迎え、卒業後、はじめて会った生徒もいて、特に女性の中には当時の面影を思い出せない人もいました。
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 79歳を迎えようとしている今日、教え子の同窓会に元気で参加できたことを嬉しく思うことでした。
 また、翌日の17日には、初任校の旧串木野市荒川小学校で担任した生徒たちが、中学校卒業50年を記念した同窓会にも1泊の日程で出席しました。
 共に、楽しい同窓会に招いてくれて有り難う。

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by butda2 | 2014-08-25 10:32 | Trackback

薩摩藩英国留学生記念館

      いちき串木野市羽島の「薩摩藩英国留学生記念館」を見学

 昭和33年、大学を卒業して、社会人としての第一歩を踏み出したのは、旧串木野市立荒川小学校でした。
 最初の担任は2年生でした。次が6年生担任で、3年目に担任した5年生の教え子たちが、中学校を卒業して50年になるのを記念して同窓会をするので参加して欲しいとの招待を受けて、久し振りに串木野市に行きました。
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 同窓会に参加する前に、6年生時に担任したT君が、最近できた「薩摩藩英国留学生記念館」を案内してくれました。
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 記念館に入館した折にいただいた、記念館案内に、次のように書いてありました。「いちき串木野市羽島浦は、激動の幕末期、薩摩藩の若き藩士たちによる留学視察団、薩摩スチューデント旅立の地です。命がけの密航までして彼らが求めたものは何だったのか。その後の日本に何を残したのか。薩摩藩英国留学生記念館では貴重な資料や映像によって若き志士たちの壮大な旅と生き様をご覧いただきます。」と。
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 16人もの若き薩摩スチューデントたちの資料や映像が紹介されていましたが、私が特に興味を持ったのは、長澤鼎(ながさわかなえ)の業績でした。
 長澤鼎は江戸時代の薩摩藩士で、留学生の中でも一番若く、13歳でイギリスに留学しましたが、後にアメリカのカリフォルニアに渡り「カリフォルニアのワイン王」「葡萄王」あるいは「パロン・ナガサワ」とも呼ばれるようになり、「サムライ」から「ブドウ王」なった彼の業績には驚きと感動を覚えました。

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by butda2 | 2014-08-22 09:58 | Trackback

指宿粒子線がん治療センター

            前立腺がんの粒子線治療を終えて

 6月25日から8月6日までの43日の期間、粒子線照射による前立腺がんの治療を28回受けて、いよいよ本日治療が終了しました。
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 最初、前立腺がんの治療をホルモン治療にしょうとしましたが、いろいろな情報や手持ちのタブレットで検索して、ようやく指宿メディポリス粒子線治療研究センターでの治療を知り、迷うことなく治療を申し込み、当センターセでのカンドオピニオンを受け、センターと隣接しているホテルに滞在して治療を受けました。
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 最初は28回の照射は期日が長く、大丈夫だろうかと不安でしたが、終わってみるとあっという間の期間でした。
 長い治療期間でしたが、その間、週1度、待合室で行われるセンター長の粒子線治療の講話、それに、放射線技師や看護師、事務やゲストサービスなど、それぞれスタッフの対応にこころがなごみ、今までになかった治療の充実感を感じました。
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 また、センターをはじめ、宿泊しているホテルの食堂や大浴場などにおける患者同士の出会と、患者同士の絆は想像以上のものがありました。みんな何かのがん患者かその付き添いです。ここほどあからさまにがんについて話せるところはないのではないかと思うことでした。
 がんを患って、最初はショックでしたが、粒子線治療センターに来て、これまで走り続けてきた我が人生を振り返る機会と、心身の保養を与えられたと家族にも感謝することでした。
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 センターのみなさん、親しくしていただいたみなさん、家族や友人のみなさんありがとうございました。前立腺がんが完治しますよう願うばかりです。

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by butda2 | 2014-08-06 06:47 | Trackback