ことだま日記

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里の秋

               収穫の秋も終わり

 秋も深まり、10月も終わりになりました。
 今年も、日本各地で台風や洪水等による自然災害が多発しました。ところが不思議なことに、かつては台風銀座とまで言われていた鹿児島県の大隅半島ですが、ここ数年、台風の襲来から免れています。
 先の台風18号や19号も、大した影響もなく、無事に水田の取り入れも終わりました。
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 地域の田んぼに立っていた「案山子(かかし)」たちも、その役目が無事に終わり、親子会や公民館のみんなが、その案山子を持ち寄って、出来栄えを競うコンクールも行われたそうです。
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 稲の取り入れもほとんど終わり、後わずか、掛け干しにしてあるのが少しだけになりました。 今年も残すのは後2ヶ月になりました。松尾芭蕉は「奥の細道」の初めに「月日は百代の過客にして 行きこう歳もまた旅人なり」といっていますが、秋の深まりとともに、これまでの、わが人生の旅を振り返らずにはいられません。

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by butda2 | 2014-10-31 13:53 | Trackback

ブログの訪問者1万超

            ブログの訪問者が1万を超える

 私は「ことだま日記」と命名してブログを始めてから約1年半が過ぎました。
 タブレットを購入してブログを始めましたが、最初はタブレットの機能がほとんど理解できず、娘に手取り足取り、毎回指導を受け、時には投げ出したくなることも度々でした。
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 私が最初にブログを作成したのは、2013、03、12、「鮮やかに咲く岩ツツジ」でした。
 以来、当時は毎日、境内に咲く草花や風景、寺の行事や仏像などを熱心に作成し、何回も何回も失敗しました。せっかく苦労して作成した作品がログイン出来ず、消えてしまったこともしばしばでした。
 現在でもしばしばトラブルが発生して戸惑いますが、何とか復元できるようになりました。
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 ブログを始めてから約1年半が過ぎましたが、今日まで何とか継続しています。私のブログの訪問者は、現在では約10、300超になっています。
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 境内の草花や風景、寺の行事、それにインドやパキスタン、ネパールや中国などて求めた仏像などをブログで紹介できることは有り難いことです。
 特に、仏像などは、私の書斎の陳列ケースに置かれたままだったのに、ブログで多くの方々に紹介することができたことは大きな喜びでもあります。 
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 私のブログを毎日楽しみにしてアクセスしてくださるかたが何人もいます。毎日は発信できませんが、できるだけ怠けず、頑張ります。これからも宜しく! 

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by butda2 | 2014-10-26 15:25 | Trackback

毎日ペンクラブ鹿児島

           毎日ペンクラブ鹿児島大隅支部

 毎日新聞の鹿児島版の一番目立つところに、読者が投稿した随筆が一編掲載されている「はがき随筆」欄があります。
 私は、約20年前からほとんど毎月投稿するのを楽しみにしています。
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 この「はがき随筆」に投稿する希望者で組織されているのが「毎日ペンクラブ鹿児島」ですが、さらに、このペンクラブは県内会員の研修のほかに、各地に支部を結成して年数回の研修会を行っています。
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 私の所属は「大隅支部」で、鹿屋市を会場にして年2回、会員が作品を持ち寄って合評しあい、文章表現について研修しています。最近ではこの会に、鹿児島支局長も参加されて、作品についての評を頂いています。
 大隅支部は、他の支部よりも会員が少ないのですが、それでも楽しくそして真剣に研修が行われています。
 去る10月4日に掲載された、私の随筆を紹介させていただきます。

               「極楽の余り風」                         毎日数回、境内にある手水鉢に早朝から来て、ジージーとさえずりながら水浴びをするヤマガラは、いかにも涼しげだ。
 夏の昼下り、うだる暑さをかきたてるアブラゼミの声も遠くなり、夕方には虫たちの声がにぎやかになってきた。
 この季節になると、「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」と口ずさんでしまう。気温35度以上の猛暑日が続いた今夏も、いつの間にか秋の気配を肌で感じるようになった。ああ!この風を「極楽の余り風」というのかな。生かされている老夫婦に至福の一時を味わわせてくれる。

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by butda2 | 2014-10-22 11:56 | Trackback

薩摩の隠れ念仏

              旧薩摩の念仏禁制

 旧薩摩藩においては、江戸時代から明治9年の念仏解禁にいたるまでの300年間、島津の領内では一向宗(浄土真宗)の教えは厳しく禁じられていて、信者の疑いのある者は捕えられて自白を強制されました。
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 本願寺鹿児島別院の境内にあるこの「石」は、そのために用いられたもので、役人たちは信者にこの石を抱かせて、自白を迫ったと伝えられています。そのため、信者たちの「苦しみの涙がそそがれた石」という意味で「涙石」と呼ばれています。

 私ども龍谷大学の同期生(昭和29年入学の同期生)は、2年に1回の割合で各地を会場にして同窓会を行っていますが、一昨年の札幌に続いて、今年は鹿児島市を会場に1泊2日の日程で開催されました。
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 1日目の午後、開会行事の後「薩摩の隠れ念仏」のビデオで「薩摩藩の念仏禁制」について学習して、2日目に「都城盆地の隠れ念仏」の歴史とその遺跡について、隠れ念仏の研究者である、同期生の佐々木芳麿住職の寺「安楽寺」に参拝して、かつて薩摩藩であった都城の諸県(もろかた)地方の「隠れ念仏の歴史とその遺跡」について研修しました。
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 隠れ念仏のゆかりの寺である「安楽寺」の境内には、当時の信者を取り調べた「拷問石」が保存されていました。疑いのある者を捕らえて、他の信者を拷問して白状させる取り調べで、割れ木の上に正座させ、拷問石を載せて白状を迫る。足は砕けて死にいたっても、隠れ念仏者は白状しなかったという。

 薩摩藩がここまでして浄土真宗を排斥したのはいくつかの理由があるけれども、特に、浄土真宗の教える平等思想と、信者の団結力(「講の力」)が薩摩の封建体制にそぐわなかったことが大きな理由と考えられます。 信者の強い信念と犠牲の上に今日の浄土真宗が存続されていることを顧みる機会となりました。

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by butda2 | 2014-10-14 10:53 | Trackback

宗門大学の同窓会

            宗門大学「龍谷大学」の同窓会

 私どもが龍谷大学に入学したのは昭和29年でした。当時は文学部だけで、入学の同期生は約250人でした。卒業年度は必ずしも同じではない人もありましたので、入学の年度の29(二九)を語呂合わせして「ふくの会」と名付けて、今では2年ごとに、各地を会場にして同窓会を開いています。一昨年は開催地は札幌市でしたが、今回は、去る10月1、2日に鹿児島市で行われました。 
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 西本願寺鹿児島別院に午後2時に集合。46人が参加して行われましたが、79歳を過ぎた同期生、中には奥様の介添えを受けながら参加する人もありました。
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 別院本堂に於いて、多くの同期生仏故者の追悼の読経に続き、大学の学歌を斉唱しました。 
            龍谷大学学歌                                      永久に揺るがぬ みのり聞き 寄する思想の波しずめ                久遠の光り まどかなる  真理の大樹 栄ゆけば                        見よ黎明の 空澄みて 吾等が学府  光輝あれ          
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 開会式を本堂で終えて、別室のホールで、「薩摩の隠れ念仏」のビデオを鑑賞。次回の同窓会は来年、京都で開催することを話し合って総会を終えて、鹿児島の城山観光ホテルで懇親会が盛大に行われました。 

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by butda2 | 2014-10-07 11:54 | Trackback