ことだま日記

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南日本新聞「ひろば」欄

            「女性の視点による興味深い手記」
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 志布志の淑女会の会員12人が、この度「台所から見た志布志の戦中戦後」という 145ページからなる冊子を刊行されたので、早速読み戦中戦後を思い出したので、お礼を兼ねて、南日本新聞の「ひろば」欄に投稿しました。
 去る9月25日に掲載されたものを、次に掲載させていただきます。       
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            「女性の視点による興味深い手記」

 志布志の12人の女性が書いた手記「台所から見た志布志の戦中戦後」を読んだ。 70代後半から90歳代までで、戦中戦後の思い出や体験は、女性ならではの視点で大変興味深かった。
 戦火がだんだんと本土に近づく昭和18年ごろ、私は国民学校の低学年だった。高等女学校生たちが陸軍造兵廠(しょう)や海軍航空廠などに学徒動員されたり、航空隊の防空壕(ごう)掘りなどをした。学年によって、髪型が決まっていたことなどは知らなかった。
 もんぺ姿で動員され「なびく黒髪きりりと結び~呼べば応える友の歌、あああ愛国の血はもえる、われら乙女の挺身(ていしん)隊」と勇んで銃後の守りについたと記している。
 一方、私と同世代の女性は戦後の困窮した生活の様子や、終戦と同時に出征兵士が帰郷したりして、衣食住は不足し、その貧困は言語に尽くせぬものがあったとつづっている。
 戦後70年。私たちは戦争犠牲者や遺族の悲しみ、さらには戦争の悲惨さを忘れて日々を当然のように生きている。彼女たちの体験談を読んで、こうした私たちに警鐘を鳴らしていると感じた。(2015、9、25掲載)

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by butda2 | 2015-09-29 15:56 | Trackback

伊勢堀院の観月会

           恒例の専念寺分院・伊勢堀院の観月会

 専念寺分院の伊勢堀院では、平成6年から、春は「観葉会」。秋は「観月会」を開催して、伊勢堀院に縁のある方々の親睦を深めています。
 今年は先日、9月26日(土曜日)伊勢堀院本堂で、都城市の吹奏楽者(トランペットとサックス)の二人を招いて行いました。
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 天気が良ければ野外のイベント広場で行いますが、小雨模様でしたので、参加者は本堂、吹奏楽者は本院の入口の外から演奏をしてもらいました。
 吹奏楽者の二人はこれまで3回招いていますが、参加者は二人の生演奏を聴くのを楽しみにしています。
 演奏は、2部に分けて約1時間30分間。たっぷりと演奏を堪能していただきました。。
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 吹奏楽鑑賞の後は、参加者による踊りで楽しみました。今日の日のために、事前に練習までして参加された二人もありました。
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 最後は参加女性たちが輪になって踊り、観月会を盛り上げてくださいました。次回の懇親会「観葉会」は4月下旬に行われます。

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by butda2 | 2015-09-27 15:36 | Trackback

教え子たちの還暦同窓会

    旧志布志町立出水中学校第24回卒業(昭和46年)生の還暦同窓会

 先日、9月19日(土曜日)昭和46年に志布志町立出水中学校を卒業した教え子たちの還暦同窓会に招かれて出席しました。
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 当時の卒業生は2クラスで、卒業生はみんなで54人でした。当日の出席者は28人。教師は4人が出席しました。
 同窓会名簿を見ると、すでに亡くなった人が2人。住所のわからない人が7人も。その他、病気治療中の人や家庭の都合などで、出席者は約半数でした。
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 今は閉校になった彼らの母校、出水中学校に午後3時に集合。当時を思い出させる校舎は一つもありませんでした。残された校舎も使われてはおらず、グラウンドでは、地域の高齢者の人たち十数名がグラウンドゴルフを楽しんでいました。
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 同窓会の会場は国民宿舎「ボルベリア・ダグリ」で、午後5時から、鹿児島市の照国神社で神職をしている同級生による「お祓い」、集合写真などを済ませて懇親会。幹事代表の挨拶、恩師の挨拶に続き乾杯。それに出席者全員がそれぞれ近況の報告がありました。
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 志布志市外に住んでいる人が半数以上の15人。特に女性が県外に嫁いでいました。また、自分の病気のことや、孫たちのことも話題になっていました。 来年の3月で全員が60歳になり、会社勤めのほとんどが定年になるといっていましたが、嘱託などの形で仕事を続ける者、新しい仕事をする者などいろいろでした。
 還暦を過ぎてからの人生こそ、自分らしく生きる最高のチャンス。価値ある人生を歩いていただきたい。
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 二次会は、昨年還暦を迎えた先輩女性の経営するスナックでカラオケで楽しみ、盛り上がっていました。
 私は教え子たちの還暦同窓会に何回も出席しますが、その都度、教え子たちがいつまでも教師を大切にしてくれることに感激し、これ以上の喜びを味わうひとときはありません。
 彼らの前途に幸あらんことを、心から願わずにはいられない。

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by butda2 | 2015-09-20 17:38 | Trackback

孫娘の運動会

       孫娘の通う姶良市立帖佐中学校の運動会を参観して

 9月13日(日)、孫娘の通う、姶良市立帖佐中学校の運動会を参観するために、午前中の仕事を済ませ、家内と二人で、11時30分、おにぎり持参で急いで家を出ました。
 大隅から高速に乗り、途中、国分パーキングの木陰に座っておにぎりを食べて2時過ぎには学校に着きました。
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 着いてまず驚いたのは生徒数の多いことでした。グランドを取り巻くテントには生徒であふれていました。先生に聞いたら全校生徒757人(1年=248、2年=240、3年=269)とのことでした。
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 午後のプログラムがすでに始まっていましたが、赤、白、青のそれぞれのテントではにぎやかな応援合戦の真っ最中。学年別の全員リレーなど、すごい応援でした。応援リーダーの張り裂けんばかりの大声に生徒全員が盛り上がって、私は生徒たちの競技より、生徒たちの真剣に取り組む応援合戦の姿に見とれていました。
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 生徒が多いのに、まとまりのある学校ではないかと感じることでした。途中、お手洗いにいきたくなり、女生徒に聞いたら、とても感じよく教えてくれました。
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 1年生赤組の孫娘を見つけるのが大変。1学年団体のムカデ競争では孫娘がどこにいたのかも分かりませんでした。ただ、テントの中でみんなと一緒に応援を一生懸命やつている姿を見て嬉しく思うことでした。
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 閉会式も参観しました。運動場いっぱいに広がり、整理運動も全員が真剣に取り組み、それに先生方もきれいに整列されて、生徒と一緒にラジオ体操第2をされていました。
 昔、中学校に勤務していた頃を思い出して、帖佐中学校の全員が爽やかな気持ちを与えてくれ、感謝しながら志布志への帰路につきました。

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by butda2 | 2015-09-14 11:38 | Trackback

平和の重み

           毎日新聞鹿児島版「はがき随筆」より

 毎日新聞鹿児島版のコラム「はがき随筆」より、8月29日に掲載された小生の作品「平和の重み」を紹介させていただきます。
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                「平和の重み」

 広島・長崎の原爆の日、そして終戦の日と、毎年8月は戦争の悪夢が回想され悲傷耐えざるものがある。
 思えば、第二次世界大戦に参戦した兵士は、父母妻子をおき、愛別離苦の悲しみに耐え、祖国の繁栄と平和を願いつつ勇んで死地に赴いていった。しかし、戦い利あらずして敗れ、多くの若い命を失った。
 あれから年移りて70年。貧困のどん底からはい上がり、未曾有の発展を遂げ、平和な日々を当然の如く謳歌(おうか)している。我々は戦争犠牲者や遺族の悲劇を忘れていいのか。再び戦争への道を進んではならない。 (以上)
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 毎年、わが寺においては7月末の土曜日に、戦没者追悼法要を勤めさせていただいています。
 最近の政治の動きは「安保問題」をめぐって、賛否両論がうごめいているようです。中国や韓国の動向も気になりますが、わが国の過去の体験から、武力によっては平和が築けないことだけは断言できるのではないでしょうか。
 戦争への道だけは進んではなりません。

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by butda2 | 2015-09-04 15:49 | Trackback