ことだま日記

butda2.exblog.jp
ブログトップ

彼岸会の法話ー法務員初出座

         彼岸会の法話を法務員が初めて担当する 現在、専念寺では法務を担当する人が5人いる。住職、前住職、前住職の弟(特別法務員)それに通信教育を受講している法務員2人(男性1人、女性1人)である。
d0298869_14223751.jpg
  男性の法務員は2年間、女性の法務員は約1年間法務を実践して、それぞれの家庭の年回法要は担当して来ましたが、彼岸会などの法座は担当しませんでした。
d0298869_14243563.jpg
 3月の春の彼岸会(3日間)では、5人がそれぞれ1座ずつ担当することを話し合い、事前からその準備をしてきました。 さいわい、2人の法務員は、男性はギターができます。女性の法務員は絵を描くのがとても上手です。それぞれが特技を生かして初法座を勤めることにしました。
d0298869_14331260.jpg
 特に絵描きの女性法務員は、中国の善導大師の説いた「二河白道」(にがびゃくどう)の絵を描いて、旅人が最期に阿弥陀如来の救いの呼び声やお釈迦様の勧めに従って救われた話をしてくれました。
d0298869_14391821.jpg
 一方、男性法務員は、法話の終わりに、五木の子守唄の節で「念仏子守唄」をギターを伴奏にして参詣者と一緒に歌って座が和みました。 5人の者がそれぞれ法話を担当して、参詣者もとても喜んでいただきました。

[PR]
# by butda2 | 2017-03-30 14:17 | Trackback

平成29年度の専念寺活動

          平成29年度・専念寺の寺院活動の案内

 専念寺では「多くの人々に親しまれる寺院」を基本に、これまで以上に住民に寄り添った寺院活動を充実させるため、次のような「寺院活動計画」を立てました。
 皆様のご参加をお待ちしています。

1、「仏事の無料相談」 *葬儀、納骨、墓じまいなど *先亡者の供養、お布施などの 仏事に 関する相談など。

d0298869_11265492.jpg
2、「写経講座」の開設 *4月より毎月1回(第1水曜日)伊勢堀院寺務所にて、午後 1時半より約1時間 *最初は「御文章」から始めます。 *テキスト代1000円
d0298869_11332666.jpg
3、「ブディスト サロン」の開設 *4月より毎月1回(第2月曜日)午後6時半  から約1時間 専念寺住職、前住職を交えて浄土真宗の学習。コーヒー代500円。 場所=「マドリッド カフェ」鹿屋市寿7ー5ー 13。電話090-4776-9 783。どなたでも参加できます。
d0298869_11390984.jpg
4、「土曜礼拝」の継続 *毎週土曜日 伊勢堀院本堂にて読経と住職、前住職による 法話。4月~9月(朝7時より約30分) *10月~3月(朝7時半より約30分)  どなたでも参加できます。

*問合せ、仏事相談=専念寺099-479-1342 伊勢堀院=099-472  -3884 (受付=午前9時~午後3時)

[PR]
# by butda2 | 2017-03-15 11:18 | Trackback

「土曜礼拝」800回記念

         専念寺・伊勢堀院「土曜礼拝」800回記念 
平成13年6月に専念寺分院・伊勢堀院の本堂が落成しました。分院本堂の落成を記念して、最初に始めたのが「土曜礼拝」でした。 第1回は、平成13年6月9日(土曜日)、11人の方が参加してスタートしました。
d0298869_17492349.jpg
 以来、今日まで約16年間、毎回20人前後の方々が参加して、休むことなく毎週土曜日、開催して来ました。浄土真宗の教えを、できるだけ多くの人たちに学んでいただきたい。門徒の枠を超えて誰でも参加できるように門戸を開いてきました。
d0298869_17525352.jpg
 伊勢堀院本堂の落成を記念して、友人で歌人の南史郎(石附達郎)氏が、次の歌を寄せてくれました。 「門徒われら 共に語らい学ばんと 伊勢堀の初夏の朝明け」。伊勢堀をみんなの語らい、学びの場にしてもらいたいという、氏の願いを込めた歌であります。
d0298869_17505372.jpg
 当日は、何時ものように全員で「正信偈」をあげた後、前住職の法話を聞いた後、参加者からの花束贈呈、記念写真撮影、そして茶話会をして終わりました。 これからまた、900回に向けて「土曜礼拝」を続けてまいります。

[PR]
# by butda2 | 2017-03-12 17:45 | Trackback

薩摩の隠れ念仏

             大魯和尚の教えが今も
d0298869_14091208.jpg
 幕末に本願寺に起こった教義上の問題「三業惑乱(さんごうわくらん)」の論争に破れた大魯和尚は、難を逃れて薩摩の地に身を隠しながら、浄土真宗の教えを広めた。その功績を偲んで、南日本新聞の「ひろば」に投稿し、先日掲載されたので再掲いたします。
d0298869_14115535.jpg
     「大隅の地に大魯の教えが今も」(H29、2、23掲載)
d0298869_14144385.jpg
 「さつま人国誌」の「大魯和尚の来薩」を読んだ。薩摩藩の一向宗禁制下で、浄土真宗の布教を熱心に行った大魯和尚の功績について、再認識させられた。
 大魯が来薩にいたった経緯については記述されている通りである。本願寺の信仰のあり方を問う「三業惑乱」に連座して、追放されたことに起因している。肥後を経て薩摩の各地に身を潜めたが、最後は旧吹上町の永吉で「細布講(ほそぶこう)」や「煙草講(たばここう)」等を組織し、ひそかに教化に努めたようである。
 私は以前、吹上町の文化財審議委員をした増田逸彦著の「吹上の民話」を読んだ。念仏禁制の中、大魯が民衆に念仏の教えを広めたというその中に、教化を受けた一人、井久保竜蔵が伊集院の仕置き場で拷問を受けたという記述があつた。
 明治の初めごろ、永吉から旧志布志町田之浦に石工として移住し、この地に念仏の教えを広めた井久保次郎左エ門は、一族ではないかといわれている。 一昨年、井久保家の子孫と一緒に、大魯の墓に参った。井久保家を訪ねたが既に住む人がなく墓参しかできなかった。大魯の教えが大隅の地に今もなおいぶいていることを思い起こし、その功績の偉大さをしのぶことができた。       (以 上) 

[PR]
# by butda2 | 2017-03-01 14:03 | Trackback

春の訪れ

              山寺に春の訪れ
d0298869_13220320.jpg
 今年の冬は例年になく寒さが厳しかったような気がしました。当地では雪はチラホラ降りましたが、積雪はありませんでした。それでも毎朝霜が強く、よく三寒四温と言いますが、寒い日が連続して、暖かい日が少ないでした。
d0298869_13184011.jpg
 こうした寒い冬でしたが、境内の樹木や草花は、しっかりと季節の移り変わりを受け止め、春の訪れを告げてくれています。
d0298869_13245119.jpg
 黄色の水仙は、どんなに寒くとも霜にうたれて萎えることはありません。境内の椿も次から次に花を付け、次から次に花を落としています。
d0298869_14554177.jpg
 境内の梅の木は種類によって花が咲く時季が随分違いますが、早い種類の梅はすでに散ってしまっていますが、遅咲きの白梅は2月の終わりの今が満開です。
d0298869_15011395.jpg
 椿や梅の花には、メジロがよく蜜を吸いに群れていますが、メジロは八重咲きの椿にはほとんど群れていません。一重の花を好んで群れています。 寒かった冬ではありましたが、春は着実に一歩一歩山寺に春の訪れを告げています。
[PR]
# by butda2 | 2017-02-28 13:08 | Trackback

毎日新聞・仲畑流万能川柳

               密かなる挑戦

 私は1年半前の、平成27年9月から地元紙「南日本新聞・南日柳壇」に川柳を投稿して、川柳を楽しんでいます。 南日柳壇には二人の選者がいて、それぞれの選者に投稿して、ときどき採用されて新聞に掲載され喜んでいます。 
一方、私は十数年前から、毎月新聞を購読して、毎日新聞鹿児島版にある「はがき随筆」にほとんど毎月随筆を書いて楽しんでいます。
 毎日新聞の1ぺージにある「仲畑流万能川柳」は以前から読んで楽しんでいましたが、突然81歳の誕生日を機に自分も投稿して見る気にないり、昨年の9月から投稿を始めました。
 ところが、これまで5か月間、何回投稿しても掲載されません。ついに思いあまつていつも投稿している「はがき随筆」に「密かなる挑戦」と題して投稿しました。その「ぼやき随筆」を掲載させていただきます。切り抜いて選者の仲畑さんに届けようと思います。 
 
d0298869_18503887.jpg
            「密かなる挑戦」

 私は昨年の9月から密かに挑戦していることがある。「仲畑流万能川柳」への投句である。投句の方法は、はがきに5句以内。これまで約4カ月間。はがきに4、5句書いて9回。相当な数を投句したがいまだ1回も掲載されない。万柳の欄は新聞の1ぺージですぐ目につく。あまりに没が続くので「初デビューいつになるのか仲畑さん」「万柳の柳に飛びつく術(すべ)しらず」「万柳を止めにしようか続けるか「根気よく出せばいつかは載るはずだ」などと選者に催促するが効き目なし。没の仲間の「掲載をしないと朝日に代えちゃうぞ」の句に救われ、挑戦が続く。   (H29、2、1掲載) 

これからも続けます。万能川柳のペンネームは「ブッダ2(ツー)」です。

[PR]
# by butda2 | 2017-02-01 15:35 | Trackback

川柳に挑戦

                   川柳を投句して楽しむ
d0298869_2020866.jpg

 80歳の手習い、一昨年の9月から川柳を初めて、作句した川柳を地元の新聞「南日本新聞」の「南日柳壇」に投句しています。
 まだ1年年半にもなりませんが、これまで新聞に掲載された句と、選者の評のあるものはそれも一緒に紹介いたします。なお、私の柳名(ペンネーム)は「愚凡法明」(ぐぼんほうめい)です。

 「いいはずだあの世還(かえ)りはまだいない」(平成27、9、18掲載) 初めての作品
(評)数々の故人にお弔いをあげてきた住職ならではの句。やすらかに成仏させたせいか、あの世の住み心地は現世よりはるかにいいらしい。(麻井文博選)

 「陰口を叩いた口でお念仏」(平成27、10、25掲載)
(評)信心深くなって山門を出る。念仏を唱えたばかりの口で他人をそしるという人の弱みを突いている。(牟田島思淡選)

 「坊さんの話し上手に癒される」(平成27、12、11掲載)
(評)どう頑張ってもどうにもならないことがある。あるがままをそのままに正味の自分が受け入れる。そんな法話に癒されて心が軽くなる。(麻井文博選)

 「あの笑顔黄泉の国まで持っていく」(平成28、3、2掲載)
(評)素敵な笑顔を残して旅立った人。その笑顔はお浄土の国に行っても変わることなく、きっと周りを明るくしてくれるはず。(麻井文博選)

 「もういいと言いつつ五年も生きている」(平成28、4、6掲載 牟田島思淡選)

 「当たり前病んではじめてお陰さま」(平成28、8、10掲載 麻井文博選)

 「おまかせと微笑んで言う病む老爺」(平成28、10、5掲載)
(評)すべてをあるがままに受け止め「何もかも天にお任せ」と話す老爺(ろうや)。その言葉に深く心を打たれ、病むときはかくありたいと思う作者。(麻井文博選)

 とりあえず、今回はこれまで。後はまた後日。
[PR]
# by butda2 | 2017-01-13 20:17 | Trackback

南日本新聞「南日柳壇」

             南日本新聞「南日柳壇」柳壇賞を初授賞
d0298869_19533965.jpg

 私は、一昨年(平成27年)の9月から、80歳になったのを機会に、かねてから関心のあった川柳作りに挑戦することにしました。そして、作った句は、南日本新聞の「南日柳壇」に投句することにしました。川柳の選者は、麻井文博先生と牟田島思淡先生の二人で、両先生に投句しています。
 始めてから約1年半。今回初の「柳壇賞」(11月~12月の月間)を授賞した。これまで10句余り柳壇に掲載されましたが、まず、今回の授賞作品と選者(牟田島先生)の評を掲載します。他の句は後日紹介させていただきます。

      「住職のハグがうれしい寺参り」(志布志 愚凡法明)

(評)この期間に届いた投句ハガキの中で、選句の途中に"何だ、この句は"と読み返したことを覚えている。住職とハグという題材の奇抜な取り合わせに意表を突かれた句であった。愛情や友情の親密な表現としての抱擁の場面を詠んでいるが、添え書きによると、寺参りの老婆が相手だと言う。禁忌とされる境内であるにもかかわらず、門徒たちの見ている前でハグを行うことは恥ずべき行い(?)。そこをオーバーな演技で迎えた住職である。久しぶりの年忌法要の日、住職と再会した門徒さんの有頂天な心持ちがおおらかに詠まれている。それに、来たか来たかと喜色満面の笑みを浮かべて迎える和尚さんの顔も見える。両人の喜びが境内に広がり、周りにいる参詣者の笑い声も聞こえてくる。
[PR]
# by butda2 | 2017-01-11 19:52 | Trackback