ことだま日記

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彼岸花

              秋の訪れを告げる彼岸花
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 「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(古今和歌集=藤原敏行)(秋が来たのだと目でははっきり見えないが、朝夕そよぐ風に秋の訪れを感じることができます)
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 9月も中旬なのに、今日の日中は32℃もあり、朝夕は24、5℃で涼しいけれど、昼間は真夏日です。 いくら日中が猛暑でも、彼岸花はちゃんと咲いて、秋の風情を漂わせています。
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 彼岸花を題材に下手な川柳を3句 「彼岸花 過疎の村でも 花盛り」「通り雨 空き家の庭に 彼岸花」「憂(う)き吾を 奮い立たせる 彼岸花」(愚凡法明詠)
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# by butda2 | 2018-09-16 19:16

一泊の家族旅行2

           宮崎県五ヶ瀬村への一泊家族旅行2 昨夜は五ヶ瀬村のホテル「やまめの里」に泊まり、早朝5時半、ホテルの所有する釣り堀に親子3人でやまめ釣りに出掛ける。
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 やまめ釣りをするのは初めてだが、釣りさお、餌さなどすべて息子が事前に準備万端。餌の付け方、魚の引き具合、釣りあげ方などの指導を受けていざ本番。早朝で曇り日より、釣りには最高の条件だと言う。 手応えがかすかなときに引き上げないと、やまめが針を飲み込んでしまう。それを外すのが大変。5~6匹釣り、約1時間半、釣りの醍醐味を味わった。
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 朝食は8時に約束。五ヶ瀬村の山菜料理を美味しくいただく。
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 10時にホテルを出発して南阿蘇経由、熊本回りで帰るコース。途中阿蘇のファームランドに寄り、遊園地で1時間余り遊び、昼食をして帰る。
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 行きも帰りもかなりの距離だったが、息子の運転で楽々。息子夫婦の計画で、楽しい1泊2日の家族が出来ました。
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# by butda2 | 2018-09-14 09:17

一泊の家族旅行

            宮崎県五ヶ瀬村への一泊家族旅行
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 慌ただしかった盆の行事も終わり、彼岸の行事を前に、息子夫婦の発案で宮崎県の五ヶ瀬に、一泊の家族旅行に誘われ行って来ました。
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 9月11日午前11時息子のワゴン車で出発,高速で宮崎、延岡、高千穂経由で午後5時前に五ヶ瀬村のホテル「やまめの里」に到着。やまめ釣りも目的の一つだが、到着が遅く、周りがうす暗くなっていたので、やまめのイケスの下見だけして明日に備えました。
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  ホテルはロッジ風のホテルで、山奥の五ヶ瀬村らしい山小屋の風情がありましたが。夕食のメニューは「森の恵みの会席膳」と名付けて、やまめの燻製、いわなの刺身、やまめの卵、やまめの塩焼、山菜の天ぷらなどなど、五ヶ瀬村ホテルのおもてなしを十分味わいました。
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# by butda2 | 2018-09-13 11:01

子どもわくわく夢の会

                 親子らがお寺で清掃と法話
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 毎年行われている「子どもわくわく夢の会」が、去る8月2日早朝、専念寺伊勢堀院で志布志ライオンズクラブとの共催で行われました。当日は親子約50人が参加しました。
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 朝6時30分集合、親子でラジオ体操をしてから寺の境内を約30分間清掃活動。終了後は全員本堂に集合して、住職による紙芝居「いのちをいただく」に耳を傾けました。
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 住職が、人間は多くの命をいただいて生かされていることを話し、食事をするとき、感謝しながらいただくことの大切さを、紙芝居を通して話しました。
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 参加した志布志小学校6年生の前原君が「命の大切さがよくわかりました。食事の時、いただきます、ごちそうさまをしっかり言うようにします。」と話してくれました。
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# by butda2 | 2018-08-16 16:43

南日本新聞「ひろば」より

        「人生を自分らしく締めくくる」(南日本新聞「ひろば」より)
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 南日本新聞「ひろば」欄に投稿していた「人生を自分らしく締めくくる」が、先日掲載されていましたので、下記に掲載いたします。
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        「人生を自分らしく締めくくる」
                    (南日本新聞「ひろば」H30、7、15掲載)

 何をもって孤独しというのだろうか。ホスピスに長年携わっていた臨床医は、孤独死についつて「居場所のない死に方」「愛のない死に方」「心のよりどころのない死に方」の三つを挙げている。
 家族の中にあっても、居場所のない死に方や愛のない死に方もあるという。一方、たとえ一人であっても、心のよりどころを持つ人は孤独死ではないという。
 「終活」という言葉をよく目にする。人生の終末に向けての活動や準備で、いかにして人生を自分らしく締めくくるかということだ。苦労して育てた子どもも、自分が老いて病んだときには、なかなか頼りにならない。子どもに介護を期待する時代は、なくなりつつあるようだ。
 人生を旅に例えた古人は多い。行き先がない旅は旅ではない。自分の人生がどこに向かっているのかも意識せずに、年を重ねるのは不安である。終活にはいろいろな方法があるが、まずは人生という旅の行き先をはっきりさせ、心のよりどころを持って、一人であっても孤独死でない最期を迎える心の準備が、何よりも大切ではないか。                   (僧侶 一木法明 82)
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# by butda2 | 2018-07-17 16:19

念珠(ねんじゅ)のこころ

                 念珠のこころ
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 念珠は、僧侶や門信徒が念仏の回数を数える道具に用いられていたため「数珠(じゅず)」ともいいます。
 念珠はお釈迦さまの時代にもありましたが、仏教がインドから中国に伝わり、道綽(どうしゃく)禅師(ぜんし)により、日に7万べん、念仏をとなえることを説示したことで、数える道具として広まりました。
 わが国では、仏教が民衆化した鎌倉時代に、中国に渡った僧侶たちが、菩提樹の実などで作った珠(たま)を資材にして念珠を広めました。
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 浄土真宗では、仏前で礼拝(らいはい)するときに用いますが、蓮如上人(れんにょしょうにん)は「念珠をを持たないでお参りするのは、仏さまを手ずかみにする失礼な行為」と言って、念珠を推奨されました。
 念珠は仏さまを拝む大切な「法具(ほうぐ)」です。念珠の下にある大きな珠(親玉)は阿弥陀さまを、左右の珠(天玉)を観音(かんのん)、勢至(せいし)の菩薩といただきます。
 また、左右の珠を父母といただくならば、念珠は私たちを取り巻く多くの「いのち」のつながりの輪でもあります。念珠にはいろいろな意味がこめられています。大切にしましょう。
                              (専念寺報第144号より転載)
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# by butda2 | 2018-06-22 15:10

お経の本はなぜ赤いの

             浄土真宗の経本の表紙はなぜ赤いの?
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 浄土真宗の経本の表紙は、ほとんどが赤色です。これには理由があるのです。
 むかしむかし、本願寺八代門主蓮如上人が越前吉崎の御坊にいらしたとき、大きな火事がありました。火はまたたく間に広がり、蓮如上人は拝読していた「教行信証」六巻のうちの「証」の巻を持ち出すことができませんでした。印刷技術がなく、紙が貴重であったこの時代、教えの根本となる聖典は大切なものでした。しかもこの本は、宗祖親鸞聖人の真筆、代わりのきかないものです。
 このことを耳にした本向坊了顕(りょうけん)というお弟子さんは「取ってきます」と、蓮如上人やそばにいた人々を振り切り、火中に飛び込みます。
 了顕は、やっとの思いで書院にたどりつくと「証」の巻はまだ燃えずに机の上にありました。これを手にし、引き返そうとしますが、もう火が廻り、行く手をさえぎっています。このままだは命もろとも聖典が燃えてしまう。了顕は覚悟をきめ、その場にドカッと座ると、腹を十字に切り裂き、腸をつかみ出し、腹の奥に「証」の巻を摂(おさ)め入れ、真っ赤に染まった経本を抱くようにして守りました。
 ようやく火が収まり、焼け跡から了顕の御遺体が見つかりました。抱えるようにした腹から、焼けることなく守られた「証」の巻きが出てきました。蓮如上人は涙ながらに了顕の顔をなでると、見開いていたままの両目は、優しく閉じられたと言われています。
 お経の本の表紙が赤いのは、先達が命を懸けて守り、それが今日まで伝えられてきたという意味が込められています。            (専念寺報6月号より  専念寺三世 釈法誠書く)
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# by butda2 | 2018-06-20 10:46

日本列島縦断夫婦二人旅「旅めし」5日目

           日本列島縦断夫婦二人旅「旅めし」5日目
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 いよいよ最後の5日目(6月12日)である。ホテルで朝食を済ませ、熱海の「花の楽園アカオハーブ&ローズガーデン」を見学。広大な丘陵地にハーブ、バラ、ギボウシなどが整然と植栽され、楽園がきれいに管理されていることに感心した。
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 熱海駅、「こだま」11時45分発、早速昼食、弁当は「熱海漁彩弁当」、美味。新大阪駅で最後の乗り換え。「さくら561号」で鹿児島中央駅へ。

 最初から気になっていた若い主人と函館の朝市の食堂で少し親しくなっていたので、再び声を掛けた。昨夜のカラオケのお陰で、笑顔が良かった。私は車中で思い出した法語を持っていたメモ用紙に書いて差し出した。それは「何年生きたかではない いかに生きたかだ」を「はいプレゼント」と言って渡した。「これから残された人生をいかに生きるかがあなたの課題です。頑張って生きてください。」
と言ったら喜んでくれた。旅の思い出になりました。
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 鹿児島中央駅に19時22分着。駅のグルメ通りにある「がごしまラーメン」を食べた日豊線で都城駅着21時43分着。これで無事終活旅行を終えた。まだ元気だ!
   川柳一句 「終末の 思い出という 夫婦ずれ」
        「八十路(やそじ)にて 夫婦の旅は 最後かも」
        「フルムーン 4泊5日を 満喫す」 
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# by butda2 | 2018-06-15 16:57