ことだま日記

butda2.exblog.jp
ブログトップ

庭の隅を彩るメルカドニアとセダム

d0298869_1003291.jpg
庭の主役は樹木でしょうが、しかし、目線を下にすると、庭の彩りには草花の存在も欠かせません。
最近は、園芸店などで、やたらと多い横文字の草花を販売していますが、日照りや乾燥に強い多年草の
草花など、名前はなかなか覚えられませんが、結構味わいのある植物がたくさんあります。
最近、娘がときどき持って来てくれる植物の多くが、庭の主役にはなれませんが、隅などに植えて庭の彩りに一役を果たしてくれています。
黄色い花を咲かせているのが「メルカドニア」でアメリカ原産でほふく性で花期が長く、夏花壇の脇役によく使われる植物とのことです。
また、緑の植物は「セダム」で、これも日当たりの良い環境を好む多年草で、葉を鑑賞する観葉植物で
日本原産種のセダムは、グランドカバーに広く利用されているそうです。
お陰で、花壇の縁とりや土止めにも最適で、境内の隅を彩ってくれています。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-20 09:59 | 寺を彩る植物たち

お釈迦様の教え 仏像7

d0298869_21151666.jpg
このお釈迦様はインドで求めた仏像です。この仏像の姿は結跏趺座(けっかふざ)、つまり、お釈迦様が悟りを開きブッダ(釈迦如来とも言う)となり、悟りの世界に思いをめぐらし、悟りの素晴らしさを自らがよろこびに浸っているかのような姿であります。
日本の仏教でも、座禅を組み、無我の境地に至る時にはこの姿「結跏趺座」の姿をします。

釈迦如来は「人生は苦なり」と言いました。世界の宗教家の中で、「人生は苦なり」と言ったのはお釈迦様だけです。その苦とは「四苦八苦」の苦しみのことです。つまり、人間は生まれながらにして、等しく、年老いていく苦しみ。病いになる苦しみ。必ず死んでいかなくてはならないという苦しみや、愛別離苦などの苦しみを受ける、それが人生である、と教えました。

これらの苦は、もともとのがれなれない苦であつて、これから逃れようとすると、迷うとも教えてくれました。自らの苦から逃げるのでなく、受けていく。そして、その受けた苦の中にこそ真のよろこびがある、と言うのです。「病を受けて、はじめて生かされているよろこびを味わう」「死があるからこそ命の大切さを知る」等という、悟りの教えを説いたのが、釈迦如来の教えで、そのような教えを説いているような姿の仏像です。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-18 21:06 | お釈迦さま

メダカの池のスイレン

d0298869_20442146.jpg
約20年前にメダカの絶滅を危惧して、志布志にメダカの学校を結成し、自分でもメダカの池を作って
メダカを飼育し、メダカを増やしました。そして、学校や関心のある人たちにも飼育してもらいました。
メダカの池には、ホテイアオイをはじめ、こうほね、スイレン、キンレンカなどの水性植物を植えていますが、それぞれの植物は、それぞれに美しい花を咲かせます。
今は、こうほねの花とスイレンが、気品に満ちた純白の花を池に浮かべています。
スイレンを調べてみると、日本に生殖しているのは、スイレン属ヒツジグサの一種類のみ自生し、日本全国の池や沼に広く分布している、とのことです。
睡蓮はヒツジグサの漢名で、一般にスイレン属の水性植物の総称として用いられるとのことです。
スイレンの特徴として、水位が安定している池などに生息して、地下茎から長い茎を伸ばし、水面に
葉と花を浮かべる、と検索で調べることができました。
気高い純白の花が二輪咲いていて、つい写真に撮り、ブログに掲載しました。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-17 20:42 | 寺を彩る植物たち

志布志冤罪事件ー裁判の傍聴

d0298869_22465984.jpg
              鹿児島地方裁判所
03年(平成15)に行われた、鹿児島県議選の違反容疑にまつわる裁判は、無罪になった刑事裁判から、現在行われている、無罪を勝ち得た人たちによる国家賠償を求める、民事裁判まで、私は少なくと20数回、裁判の傍聴をしました。
私は始めから、この事件に疑問を抱いていましたので、冤罪被害者を支援する「住民の人権を考える会」を立ち上げて、今日まで多くの市民の人たちと支援行動をして来ました。
鹿児島県志布志市の山間地の小さな同一集落において、4回もの買収会合をして、計191万円を供与したと言うこと事態、どう考えても常識的にあり得ないことであると思うのが妥当ではないでしょうか。
ところが、あり得ないことであることを、あり得たこととして事件にし、結果的には無罪であったにもかかわらず、この事件についての責任者が誰も現れず、容疑者にさせられた人たちに対する謝罪もないのです。
裁判を傍聴していると、今でも事件がさもあったかのごとき、警察や検察の主張を聴くと、裁判を傍聴する度に、憤りを感じて、情けない思いの傍聴が続くこの10年間です。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-16 22:45

ブログを始めて老いを楽しむ

d0298869_1644979.jpg
今年3月、タブレットを購入して、ブログを始めました。携帯から今はやりのスマートフォンに
替えようかとしたら、子供たちが、携帯はそのまま使って、タブレットを買ってブログを始めたら、と言って、しきりにブログを勧めました。話を聞くと面白そうなので、思いきってタブレットを購入することにしました。
私にしては、ワープロ以来の出来事で、店での説明はさっぱり分かりませんでした。幸い側に娘がいたので、彼女が説明を聞いてくれました。
次の日から、娘から手取り足取りの指導を受け、2日目には生まれて初めての第1作が完成。
境内に咲く岩ツツジの写真を撮り、コメントを書いて、3月12日、記念すべきブログ1号が出来上がりました。yahoo,検索は「ことだま日記 エキサイトブログ」と入力して見てください。

このことを南日本新聞の「ひろば」欄に投稿したら、5月14日に掲載されました。
また、こんにゃくの花が珍しかったのでブログに書いたら、南日本新聞の「黒ジョカ」のネタにされました。切り抜きの写真は、「ひろば」と「黒ジョカ」です。

今では毎日、タブレットに向かって、ブログ作成に熱中しています。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-15 16:40

釈迦の説法ー八正道 仏像6

d0298869_2035890.jpg
これまでの仏像は、インドの仏跡参拝のとき求めた仏像でしたが、今回の仏像は韓国で求めたものです。釈迦が悟りを開いたのは、ブッダガヤでした。この仏像も悟りを開いたブッダの像です。

釈迦は仏の教えを悟り、5人の修行僧にその悟りを説きました。そのことを「初転法輪」と
言いますが、そのとき説かれた内容が「四諦八正道」でしたが、四諦については前に書きました。
今回は、「八正道」について概略を説明してみたいと思います。
八正道は人間の苦を解決するための教えで、それには次の八つの道を修めなくてはならないというのです。その八つは次のような教えです。
1、正見(しょうけん) 正しいものの見方。自己中心のものの見方をしない。
2、正思惟(しょうしゆい) 正しい思索、雑念を交えない考え方をしなさい。
3、正語(しょうご) 正しいことば、自我を交えない話し方をしなさい。
4、正業(しょうごう) 正しい行い、物事に自己の感情を交えない行いをしなさい。
5、正命(しょうみょう) 正しい生活、命を粗末にしない、自分勝手な生き方を止めなさい。
6、正精進(しょうしょうじん) 正しい努力。怠けず、精いっぱい懸命に精進しなさい。
7、正念(しょうねん) 正しい注意力。自我を交えない集中力をしなさい。
8、正定(しょうじょう) 正しい精神統一。汚れたものの思いを慎みなさい。
これが、ブッダが最初に説いた説法だと言われています。難しい内容で、ブッダもこの教えを説くのを
ちゅうちょしたけれども梵天の勧めで説法したところ、5人の修行者は、ブッダの悟りに驚き、帰依したとのことです。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-14 18:32 | お釈迦さま

羽化したオニヤンマ

d0298869_1452241.jpg
早朝6時過ぎ、メダカの池に生えている、こうほね(河骨)の葉っぱの裏でオニヤンマが羽化
しているのを家内が見つけて大発見。早速、タブレットのカメラに納めブログに掲載することに
しました。
掲載するに当たって、昆虫図鑑でオニヤンマを調べてみました。それによると、オニヤンマは、
わが国に産するトンボ類のうち最大の種類で、腹長68mm~76mm,等と詳しく載っていました。
分布は、南千島や北海道から南は種子島、屋久島などに分布し、奄美大島や石垣島、西表島など
でも採集されていると詳しく説明されていました。
羽化して数時間、みるみるうちに大きくなり、胴体の色も鮮やかになりましたが、夕方まで止まった
ままでした。 

なお、ちょうど「こうほね」の花が咲いていて、絶好のシャッターチャンスでした。

ブログを初めてから不思議に、日常見なれたものや、見過ごしていたもろもろに、足を止めて
感動することが多くり、改めて図鑑や辞書などを調べてみる機会が多くなりました。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-13 14:50 | 山寺の風景

人間の正しい生き方 仏像5

d0298869_17393796.jpg
仏の教えを悟ったブッダは、梵天の勧めにより、まず五人の仲間に初めて仏の教えを説きました。
これを初転法輪と言いますが、このときの説法は「四諦八聖道」であったと言われます。
「四諦」(したい)とは、人間の苦について四つのことを明らかに見極めることを説きました。
1、苦諦(くたい)ー人生とは、さまざまな苦に満ちている、ということ。
2、集諦(じったい)ー苦を集約すれば、その根本は自己の執着、我欲である、ということ。
3、滅諦(めったい)ーその苦の根本の我執、我欲を滅すれば、苦はなくなる、ということ。
4、道諦(どうたい)ー我執、我欲を滅するには、人間の道にかなった生き方をしなくてはならない、  ということ。その道に八つの道があり、これを「八正道」(はっしょうどう)といって、さらに八  つのことを説きました。

「諦」(たい)は、あきらめの文字ですが、明らか、はっきり等の意味にも使われます。「諦聴」とは、はっきり聴くの意で、仏教では、つまびらかにする。まことの道などを言います。

ブッダが初めて説いた説法、この「四諦八正道」でありましたが、「八正道」については、次回で紹介いたします。
[PR]
# by butda2 | 2013-05-12 17:38 | お釈迦さま